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「家族のため」は思考停止を正当化できる呪文:【書評】悩みどころと逃げどころ

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 「悩みどころと逃げどころ

この本は、社会派ブロガーちきりんさんと世界一プロゲーマー梅原大吾さんの対談本。

自分の人生にしっかり向き合ってきた二人の対談はとてもおもしろい!

テーマは学校教育に始まり、お金や生き方、未来にまで及ぶ。

働き方や生き方に悩んでいる方におすすめだ。

では、紹介しよう。

 

 

成功するための客観的な基準は存在しない

ちきりん 学校的価値観に毒されると、すべてにテストの点のような客観的な基準が存在してると思い込んでしまうんです。勉強だけじゃなくて、仕事選びとかパートナー選びに関しても、こういう基準で選べば成功しますよって誰かに教えてほしくなる。

ウメハラ そんな他人の基準を欲しがるなんて信じられない。僕は「与えられる基準」が嫌で、常に自分で基準を作ったり探したりしてた。だから不安だったのは、この物差しでホントに合ってるのかってことのほうでした。 

世の中の多くの人は「こうすれば成功する」という基準を求めすぎていると思う。

だから、自分はどうしたいのかよりも、何が正解か、どうすれば他人から評価されるかばかり考えてしまう。

ぼくも前はそう思っていた。

学生時代は比較的成績がよかったので、社会に出てからは「こんなはずじゃ」という気持ちを常に抱えていた。

でも、こんな考えで「いい人生」が手に入るわけないよね。

成功のための客観的な基準なんて存在しない。

「成功の基準」は自分で作るしかない。

自分はどうしたいのかを常に自問し、自分と向き合っていくことでしか「いい人生」を手に入れることはできないのだ。

 

 「家族のため」は思考停止を正当化できる呪文

ちきりん 既製品の「いい人生」を選ぶ理由として、妻子、年老いた親、住宅ローンとかを言い訳に使うからわかりにくくなるんです。

ウメハラ でも家族のために夢を諦めるって自分で決めたなら、それはそれで自己決定した人生ですよね?

ちきりん ちゃんと考えてそういう結論に達したなら、そうです。でもね、そういう呪文みたいな言葉、たとえば「家族のため」とか「親のため」という言葉を唱えると、思考停止に逃げ込めるっていうのもまた事実だと思うんです。

ウメハラ 呪文か……。

ちきりん 思考停止を正当化できる呪文。それさえ言っとけば、それ以上なんも考えなくていい、みたいな呪文。でもそうやって大事な場面で思考停止に逃げ込んでしまうと、自分自身と向き合えないままになってしまう。家族はもちろん大切です。だからって、自分は本当は何をやって生きたいのか、それをうやむやにして「いい人生」はあり得ない。

家族のために自分の夢を諦める。

これは一つの選択だし、諦めるのは悪いことではない。

自分で考えた末に決めたのなら納得できているだろう。

しかし、「家族のため」はとても便利な言葉で、思考停止に逃げ込めることは確かだ。

「家族のため」という言葉で自分自身と向き合うことを放棄し、自分の人生から逃げていないか。

働き方、生き方に迷っている人はもう一度よく考えたほうがいい。

 

 器は自分にとっての人生のフィールド

ウメハラ 器って成長の限界ってことじゃないんですよ。この器が自分にとっての人生のフィールドで、つまりここが自分の領分で、その中で頑張ればいいんだなと確信できたら、すごく「いい人生」だと思うんです。

ちきりん しかもそれは頭で考えただけじゃダメで、実際にアレコレ試してあがいて腹落ちしてることが必要だと。 ウメハラ 頭の中で考えただけでは、後々までずっと「もっとできたハズじゃないか」「やっぱり、あれをやっとけばよかったのでは?」という気持ちが残っちゃいます。

 

自分の器(人生のフィールド)が見つかり、ここでがんばればいいと思えると迷いがなくなって納得できるのだと思う。

多くの人は自分が何をしたいのかわからず、自分の器を見つけられないでいる。

ぼくも未だに見つけられたのかはわからない。

ただ、やりたいと思ったことには挑戦してきたので納得感はある。

自分の器を見つけたいなら、やりたいと思ったことには挑戦し、色んな事を試してあがいてみることが必要だ。

 

まとめ

世間一般のレールから外れた二人の対談はとてもおもしろかった!

ぼくは「自由に生きたい」と思っているので、どちらかと言えばちきりんさんの意見に賛同することが多かったかな。

働き方、生き方に悩む方にはもちろんだが、子育て中の方にもおすすめ。

ぜひ読んでみてほしい。

 

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